『ロミオ×ジュリエット』第10話
たぶん一番有名な場面。その場面に、俯瞰的な角度からだけではなく、それぞれの主観的な角度からのカットも加えてあった。そういう見せ方で、傍観者よりも当事者に近い感覚で見られるようになったと思う。そうなると、ハッピーエンドに期待してしまうわけだが、原作の結末をしっているだけに、他の作品よりも落ちへの運び方が気になってしまう。
『英國戀物語エマ 第二幕』第10話
サブタイトル通りの「窓辺」が鍵となる話。窓辺での告白で、ウィリアムが下でエマが上の構図は、ロミオとジュリエットのそれに見立ててあるのかなと。小説の中でしかなかった恋愛が、貴族から平民へと普及していく時代背景まで考えると、これは中々に意義深い。
『ぼくらの』第10話
おじさんが入ってくるカットは、どう考えても犯されるのではというリードに見えた。それがミスリードで、居心地が悪いけどなんだが良い話にまとめられてしまって、先が読めない。
胸糞は悪いが独特の魅力を放っていて、つい見てしまう。次回もそうなるでしょうな。
『ワンピース』第312話
道具であると同時に、一緒に旅をしてきた仲間でもある船との別れ。それだけで一話が作れてしまうし、それに見合った力が込められていて、実際に視聴者も何百話にも渡って見てきており、場面を回想していく過程でもそれが増幅された。言葉で説明しきれない感動があったし、出来も抜群。流石です。
『BLUE DRAGON−THE ANIMATION−』第11話
早期にボスと対峙した場合、力の差によって致命的な結果を招く可能性がある。そういうなっては話が続かないので、あれやこれやの状況やそれを作るための条件が用意される。それらに妥当性が感じられなければ白けてしまうだろう。今回の話はそれが上手くまとめてあって、キャラクターの性格や伏線に繋がる仕上がりになっていた。恐らく、業界全体が出来て当然というには厳しい制作状況にある中で、それが出来たことに賞賛を送りたい。
『きらりん☆レボリューション』第62話
新キャラクターの生意気新人。その演者が下手過ぎる。しかも、きらりの演技が下手だという台詞まであって、こんな皮肉もないでしょう。視覚情報と聴覚情報が大半を占める映像作品において、演者の占める割合がいかに大事かを伺える内容でした。話の筋が王道だけに余計に台無し感が強調されていたもの残念。
『ウエルベールの物語』第10話
実際に絆が生まれるだけのことがあったかといえば怪しいのだが、それでもそういう前提で作られた話として破綻なく完結していた。やりとり自体に違和感や破綻がないというのは、あたり前のようだが難しく、大事なことだろう。この作品はその点に集中している。
『らき☆すた』第10話
どう見てもアニメ店長とラミカで声も。パロディーやコラボレーションを高レベルの作画でアクションさせるという願望が、前フリなしで叶ってしまってやりたい放題としか言いようがない。まさにサブタイトル通り。
『DEATH NOTE』第32話
高田再登場。声が……。まあ、これだけガチに作ったら演者もガチにするという、作り手の熱意なのだろう。実際、ある程度の演技力がないとリアリティーが成立しないので、好判断。ここまでガチに寄せてきてると続きが見たくてたまらない。
『ハヤテのごとく!』第11話
人生の価値とかの胡散臭い内容が上手くええ話にまとめてあって、そのことは悪くない。そういう流れの中でパロディーや崩しを上手く使うのが、この作品の持ち味ってことでしょう。ただ、関西弁キャラの関西弁が似非っぽいのは不味いと思う。声質なのか、そういう演技でOKということなのか。メタ関西人で笑いが取れるほど甘くはないと思うから、演劇の発声中心で関西弁のイントネーションを違和感なく混ぜるのが難しくても頑張って欲しい所。
『天元突破グレンラガン』第11話
物語の構造を現実世界の思想構造と比べるまでもなく、アニキなんて古今東西どこにも居はしなかった。よく言う「みんながんばってるからがまんしなさい」の「みんな」のような情報化があまり進んでおらず相対化することが難しい環境において成り立つ幻想と同様の類でしょう。
むしろ、そんなことはどうでもよくて、シモンが立ち直る過程でも勢いを保ったままであったことが、この作品の持ち味だろう。
まあ、ボーイミーツガールにパッケージングされてしまったら、カムバックはなさそうで、こうする他ないというのは少し残念ではある。アニキ幻想を捨てても、実際に現実の個人がガールにミーツされるとは限りませんしする必要もないな。とか、メタ分析とかし易そうで、ほくそ笑む輩もいるんだろうな。ああ、くだらない。
シモンが引き継いでも悪くなかったけど、ちょっと違うんだよ。小西さんの声で訳が分からないけど胸焼けする前口上の勢いだから好きでたまらんのよ。それが、アニキ幻想に囚われているってこととは違うわな。
『出ましたっ!パワパフガールズZ』第49話
ラブラブビームの曲と振り付けの珍妙さが面白いが、大方の予想通り空回りになってしまう。でも、放送回数も後数話となれば、ガチでこの技を極め技にしてしまうことも考えられる。そう考えられるようになったことは、この作品が定番を作り出せたということだと思う。
『爆丸 バトルブローラーズ』第10話
不器用だったり、役者気取りだったりとやりたい放題になってきた喋る爆丸。今回は、ゴーレム。そう石のあれです。格好よく投げないとポップアウトしなかったり、いざしてみればド級というべき大きさで回りを鳥が飛び回っている。しかも、持ち主を肩に乗せる。どう見ても、ジャイアント・ゴーレム。こんな感じにやりたい放題で、思った以上に爆丸バトルは戦略があってテンポも良く、面白い。
『ながされて藍蘭島』第10話
今回も総作画監督が原画にクレジットされていて、書き起こしにせよ、書き直しにせよ、力が入っていた。願望充足の記号で話の構造を作ることはできるが、らしさやそのための見せ方には高い水準の作画や演出が要求される。
今回は前回以上に作品にとって大事な回なので、それが出来ていることは大きい。それに、願望充足系の作品で連続性も仕掛けもなく淡々としているのに、しっかり間を持たせていたことは希であるし凄い。
『ウエルベールの物語』第9話
話の妥当性はさておき、これまで旅をしてきた7話によって絆と信頼が生じるために必要な論理は組み上げてある。とはいえ、それは視聴者にとってはほとんど全てであり長い時間であっても、キャラクターの生涯にとっては長いようで短いという具合に差があって、目で見たことが偽りだと信じるには弱い。ゆえに、揺らぐ。今回は、原因となるちょっとした行き違いや裏目が畳み掛けるように連続していて、冷静になるための時間が途中で断絶されてしまっている。そういうちょっとした機微に対する配慮が上手かった。
来週も継続して作品の真価を問われる回なので、目が離せない。
『DEATH NOTE』第31話
リードがミスリードに変わっていく過程のスピード感。そこに加わる魅上の書き込みの疾走感。絵自体はそれほど激しく動いていなくても、眼光の軌跡が産む疾走感がそれを補って余りある。久しぶりにこの演出を見ました。枚数以外で動きを出せる演出は、長らくテレビベースのためにリミッテッドでやってきたからこその発想でしょうか。だから、テレビアニメはやめられない。
フィクションである現実の問題に対する提起やイデオロギーが有効に機能するには、そのフィクションが物語としてある程度優れていたり、娯楽としての体感が高いものでないと、浮くのではないかなと。
現実に、人間の理性も思想も世界から悪意を無くすことは出来なかったわけで、人間は不完全だなと。その人間が想像して創造したフィクションも不完全だと思うわけで。そこに現実の問題に対する提起やイデオロギーを持ち出した所で、結局は不完全なものではないか。人間は伝聞したものや架空の体験に感じることはできるが、その体験と己の行動が同じような構造であったとしても、そうは気付かないし、気付いても容易に止められない。
フィクションは現実味を感じさせることが目的であって、現実に干渉するには乱暴なのだろう。たぶん、フィクションはそれでいい。
社会問題に干渉せずとも、心躍るドンパチが作品内の演出だけで、仮想現実としての現実味を感じさせてくれれば十分だと思う。でも、ロボットでドンパチやる世界の構築が難しいのも確かだ。作品構造の基にした何かの選択には思想が滲む。しかし、作品を構造で読み解く方法が広まった現代で、思想なしに構造を組むのは難しい。そこで、社会問題を基にそういうドンパチの成立する物語とそれが成立する世界にらしさを与えてやる。あくまで、構造に滲む思想はらしさや見せ方のための装置であって、らしさや見せ方が出来ていないと考慮に値しない。でも、色々な考証が雑だとらしくないと思われる。らしいと思わせる考証でも、映像娯楽としての体感を下げるような考証だと駄目。
僕にとって、フィクションの構造も重要だけど、らしさや見せ方がもっと重要だなと。要は、舞台装置の取捨選択をどうこう言うよりは、舞台での見せ方を楽しんでいるってことか。
まあ、、某00のキャッチコピーを見たので、展開への先出しジャンケンをキャッチコピーを受けて後出ししてみただけですわ。
『ガン×ソード』第21話
現代において、セックスが通過儀礼として扱われているのは確かで、童貞の扱いは全体的に酷い。そこにちょっとでも他のマイナス要素が合わされば、人格を否定される場合もあるわけだ。
要するに、今回のファサリナの台詞はどう考えても「セックスしましょ」を手を変え品を変えているだけなのは明白で、それを受けてヴァンが叫ぶ「悪いな、俺童貞なんだ。てめえに俺の純潔は渡せねえな」は、童貞ならセックスしたいだろうから篭絡できるだろうという考えと、それに乗って愛のないセックスをした所で大した意味のない現実に対する強烈な反撃を分かり易過ぎる暗喩に乗せているわけだ。
要は、色々な盆暗達を暗喩にして、それが怒れる相手を見つけて怒るというだけの話。それを物語に組込んで娯楽に仕上げてあるので、この作品が作品足りえているのだろう。他にも暗喩は盛り沢山で、最終決戦に向けて盛り上らないわけがない。
まあ、人生の充実に壁を感じない人には全く薦められませんけどね。
『神曲奏界ポリフォニカ』第9話
神曲という、この作品最大のコンセプト。それがスランプによって演奏できなくなってしまう話。途中は小さくまとまっていて良かったのに、肝心の神曲を演奏する場面も小さくまとまっていて、悪くはないが折角のコンセプトが生かせずじまいで残念だった。
神秘的な力と雰囲気があるとされる神曲、そのライブ感をキャラクターが感じるものと同一にするためには、きりの良い所まで曲を流すとか、作画の勢いに乗せるといったことが必要だったのではないか。まあ、作画水準が高くないこの作品にそれを求めるのも酷ではある。
『きらりん☆レボリューション』第60話
久しぶりに見たわけだが、初期と比べると聞くに堪えないレベルからはましになっていたことと、マスコットキャラクターの恐ろしいまでの作品内地位に驚いた。OPや内容もかなりアイドルしていた。話の内容とかリアクションは見ていて辛いが、マスコットキャラクターの可愛さと師匠っぷりが面白かったので良し。僕の中で、なーさんは某軍曹と並ぶ師匠です。

< 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 >

 
okm

この日記について

日記内を検索